浄土宗と淨心寺行事・法要淨心寺だより淨心寺の四季住職の寺社めぐり住職日記 Part3そんなこんなで日記
浄土宗の歴史と淨心寺の沿革、境内・庭園の様子ご紹介します。
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    書類を整理していて、偶然貴重な写真が出てきました。 今後も大事に保管しようと思っております。 ...

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    旧・住職日記
    住職日記 Part3
    淨心寺のご案内
     ご 挨 拶
    聖号十念称

     淨心寺ホームページを開設するに当たりまして一言御挨拶申し上げます。

     平成14年5月12日の淨心寺本堂落慶式並びに第廿三世勝譽敏企晋山式以来寺門興隆に勤めて参りました。定例行事の見直し、彼岸中日別時念佛会、寺報『淨心寺だより』発刊、本堂落慶お礼団体参拝、法話・別時念佛会等々行って参りました。今後も皆様にいろいろな形で新しくなりましたお寺を利用して頂き、皆様の心の拠り所となるよう、精進して参りたい所存です。

     その一環と致しまして、かねてより念願でありました淨心寺ホームページを開設することになりました。このホームページを通しまして浄土宗の教えのもと、日々精進に勤めお寺を中心に益々お念仏の声を檀信徒の皆様はもちろんのこと、世の中にひろめてまいりたいと存じます。

     開設に当たりまして、まずは御挨拶とさせて頂きます。    合 掌
    淨心寺第廿三世住職 荒木 敏企


     寺 院 概 要
     
    寺 名 一佛山光明院淨心寺
    宗 旨浄土宗
    所 属総本山知恩院末寺
    創 建天正6年(1578年)
    開 山存蓮社唯称泉譽上人
    開 基光明院殿一譽脱叟淨心大居士
     小笠原但馬守貞政
    中 興第十三世 明譽上人
     第廿世 締譽上人
    住 職第廿三世 荒木 敏企
    所 在 地〒399-8103 長野県安曇野市三郷小倉3360
    電話/FAX0263-77-2595 / 0263-77-3880
     


     淨 心 寺 沿 革
     当寺は、一佛山光明院淨心寺と称し浄土宗総本山知恩院の末寺である。小倉城主小笠原但馬守貞政(おがさわらたじまのもりさだまさ)の草創とされ、 天正6年(1578)北小倉鳴沢入りの円山に創立された。開山は専念寺(豊科町真々部)の大五世泉譽上人(せんよしょうにん)といわれる。

     第十三世明譽上人(みょうよしょうにん)の天明年間に、山火事により寺を悉く(ことごとく)消失し、北小倉中村の裏山(鎮守山)に境内を移し、同6年(1786)に再興された。このとき、本堂・庫裏・山門等を建立した。境内地には霊聖院(れいしょういん)・真立軒を擁した。なお、梓川村北大妻の唯称院(ゆいしょういん)、南大妻の光入寺(こうにゅうじ)、岩岡の音声寺(おんしょうじ)、三郷村住吉の善福寺(ぜんぷくじ)等の末寺があった。

     明治初年に松本藩のとった廃仏毀釈政策により廃寺となり、同6年からは小倉学校としてしようされた。

     同18年(1885)に至って、第廿世上嶋貞巌和尚(かみじませいがんかしょう・同34年遷化)により現在地に再興された。庫裏がまず新築され、その後同23年頃に、旧本堂を再建した。

     大正年間第廿一世村上徳源和尚(むらかみとくげんかしょう)により、八間四面の本堂の改築を予定していたが、経済不況の為中止となった。

     第廿二世村上隆澄和尚(むらかみりゅうちょうかしょう)は、老朽化した庫裏を昭和57年に改築し、平成8年(1996)本堂の改築を発願した後、同9年5月15日志半ばで遷化された。後を継いだ現住職により、同12年(2000)新本堂が完成の運びとなった。

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    浄土宗 淨心寺 長野県安曇野市三郷小倉3360
    住職 荒木 敏企
    TEL:0263-77-2595