浄土宗と淨心寺行事・法要淨心寺だより淨心寺の四季住職の寺社めぐり住職日記 Part3そんなこんなで日記
浄土宗の歴史と淨心寺の沿革、境内・庭園の様子ご紹介します。
新着コメント
  • Re: 旧本堂の古い写真
    書類を整理していて、偶然貴重な写真が出て...

  • Re: 旧本堂の古い写真
    昔々祖父の隆澄が住職してた頃に遊びに行っ...

  • Re: 旧本堂


  • Re: 旧本堂の古い写真


  • Re: 旧本堂の古い写真
  • お問合せフォームへ
    旧・住職日記
    住職日記 Part3
    淨心寺のご本尊

    勢至菩薩(左側) 阿弥陀如来(中央) 観世音菩薩(右側)

    • 阿弥陀如来: 総丈 百五十九糎(座像)
    • 観世音菩薩: 総丈 八十二糎(立像)
    • 勢至菩薩: 総丈 八十糎(立像)

    台座の底に下記の銘がある。

       
    • 天正十四戌年(1586) 建立之凡二百年也
    • 泉譽代天明六年(1786) 本尊観世音勢至
    • 地蔵内佛善導圓光今上牌代佛師庭正作 明譽代再興

    明治初年に廃仏毀釈の難に遭い、第廿世上嶋貞厳和尚(当時19歳)は、本尊佛、開山上人像など主な佛像を梓川村下角影の生家へ預けられた。明治18年に当寺が再興されて、佛像を迎える。今回本堂改築の際、京都で破損部分の修復が行われた。


    愛染稲荷堂
    淨心寺の稲荷堂を載せました。

    続きを読む...


    観音堂
    淨心寺観音堂の写真を載せました。

    続きを読む...


    淨心寺本堂
    淨心寺本堂の写真を掲載しました。

    続きを読む...


    淨心寺の庭園
    春の芽吹きが美しい、淨心寺の庭園の写真を載せました。

    続きを読む...


    本堂のかたち
    淨心寺の本堂は、妻入りというの建物なので前と後ろの造りを変えることができました。(善光寺本堂のような建物)

    主に、後ろ側の写真を載せました。

    続きを読む...


    夏の庭園
    夏の庭園を撮影しました。
    春の庭園と比べてみて下さい。

    続きを読む...


    淨心寺の聖観音菩薩

    聖観音菩薩

    背面に下記の銘がある。

    永禄六年(1563)癸拾貳月十三日敬白

    本像は、南小倉にあった金峯山 泉光寺(真言宗)の本尊で、同寺廃寺後淨心寺に移された。同寺は、川西三十四番札所の第廿九番札所となっていた。本像は別名で「日見ずの観音様」と呼ばれていた。第廿二世村上隆澄和尚が幼少の頃、村人に担がれて宮殿と本像が当寺に運び込まれた。現在本像は、観音堂に安置され平成18年より毎年7月18日にご開帳される。

    川西三十四番札所第廿九番御詠歌

    小倉山 まひりむかへば ありがたや
         光るいずみの ちかひたのもし


    淨心寺の本堂とお堂

    新本堂

    • 大きさ: 間口八間、奥行き十間、後堂二間、本堂・後堂合わせて百坪
    • 形: 入母屋妻入造、三間流れ向拝付
    • 屋根: 銅版平葺
    • 材料: 柱は木曽檜、その他は米檜葉、米松を使用
    • 参考本堂: 知恩院御影堂、知恩院勢至堂、善光寺大本願本堂、滋賀教区野洲組常念寺本堂、滋賀県西明寺本堂

    旧本堂

    • 大きさ: 間口七間半、奥行き八間
    • 形: 寄棟造、昭和23年に唐破風の向拝を増築
    • 屋根: 元は茅葺で、その上に鉄板を葺いた
    • 材料: 元は松で、欅、栂を使用
    • 明治23年頃、当寺第廿世上嶋貞厳和尚が、福寿院(ふくじゅいん・梓川村氷室にあった曹洞宗寺院で明治5年に廃寺)本堂の古材を購入して本堂を再建した

    観音堂

    旧泉光寺聖観世音菩薩本尊
    • 大きさ: 間口十尺八寸、奥行き十九尺二寸
    • 形: 寄棟造
    • 屋根: 銅版平葺
    • 材料: 檜、米松
    • 参考社殿: 銀閣寺東求堂

    愛染稲荷堂

    • 大きさ: 間口二尺二寸、奥行き一尺八寸
    • 形: 一間社流れ造り
    • 屋根: 銅版平葺
    • 材料: 檜
    • 参考社殿: 下加茂神社、宇治上神社

    黒澤不動尊

    黒澤不動尊は、黒沢川の端にあり泉光寺との縁が深かったが明治に入って同寺は廃寺となり、その後淨心寺が祭典を執り行うようになった。
    昭和20年代までは5月8日に祭典が行われ、近郷近在から多くの人が集まり大いににぎわった。
    その後暫くは祭典も途絶えていたが、昭和57年に黒沢不動尊奉賛会が生まれ、以前のように祭典が5月5日に行われるようになった。
    現在のかけ造りのお堂は、安政2年(1855年)に再興されたものである。