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| ラーメン記事第9弾 |
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![]() 先般、岐阜へ行った時に、寄り道をして一宮インター近くのラーメン横綱へ行ってきました。 京都にいる頃はよく食べましたが、長野へ来て全然食べていませんでした。 |
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| 投稿者 admin : 2007/09/19 18:24 | トラックバック[0] コメント[4] |
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熊さん 毎度どうも!!
ラーメン横綱のHPを見ると、本当に一企業として経営しているように、見受けられます。(屋台から始まったという謳い文句ですが、一ラーメン屋として、それが良いのか悪いのかは、私には判断のしようがありません・・・) 熊さんの話を聞いていると、熊さんがバイトしていた頃、屋台から始まったラーメンそのままという雰囲気に感じられます。 今のラーメンも美味しいのですが、昔の横綱のラーメンを一度味わってみたい、と思いました。
当時、社長から、よく苦労話を聞きました。貧しい家に育ったこと、高卒で銀行へ勤めたこと(学歴で出世が望めず、、、)、商売をしたかったので屋台のラーメン屋を始めたこと、ヤクザからショバ代をめぐり袋叩きにあったこと、屋台からようやく店をもてたこと、、、そんな事を語る社長は、何処から見てもヤクザそのものでしたが、、、キャデラックに乗り、パンチパーマをかけ、ど派手な身なり、、、当時、本店だけで軽く億を越える売り上げがありました。一杯500円のラーメン並の原価(人件費・光熱費・家賃等を含め)が150円。利益率70%ですから、単純計算しても、、、分かりますよね。
わたくしには、一国一城の城主になる為、のし上がっていく為の手段、方法としてラーメン屋を選んだように思えました。それでも、当時、社長をはじめ正社員の方たちの“味”に対するこだわりは凄かったです。ですから、まさか、現在のように全国チェーン店化、工場でスープを作るとは思ってもいませんでした。やはり、商売を優先したのかな? 当時、スープは1日2回作っていました。昼食時が一番忙しかったので、午前1回、午後1回。スープの作り始めと、終わりでは、全く味が違いました。げん骨から出た骨髄の甘み、旨み、、、正社員の方が食べ比べをさせてくれたのでよく分かりましたが、あの甘み、旨みは、、、忘れられません。
今のラーメン横綱が、存在するのはいろいろな苦労があったと熊さんの体験で伺えます。
ただ、言えることは昔のラーメン横綱は、凄いラーメンを作っていたんだなあと思いました。 本当に食べてみたい・・・(今でも美味しいと思います!!) |
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まだ、本店、醍醐店、五条店の三店舗しかない時、バイトしてたことがあります。朝一のバイトの仕事は、カチンコチンに凍ったげん骨を大きなハンマーでヒビを入れ、スープにした時、中の骨髄が出やすくする事から始まりました。時折、スパッン!と骨が割れ、それが股間に直撃することがしばしば、、、また、たった三店舗だけで、京都中の骨を独占していたので、天下一品から苦情を頂いた事も、、、それだけの豚骨を使っていましたから、それは美味しい豚骨醤油のラーメンでした。しかし、今では、工場で作るスープになってしまいましたから、、、今でも、それなりに美味しいと思いますが、当時のスープの味が忘れられません。