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    旧・住職日記
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    『淨心寺だより』第7号 5ページ

    親愛なる孫たちへの手紙

    先日は、おじいちゃんの亡き父母の法要に来てくれて有難う。あの時、住職さんが「淨心寺に曼荼羅を」というお話をされて、君たちは「マンダラって何?」と目を丸くしていたね。そこでおじいちゃんは、その謎を探るため総代会の研修旅行に出かけました。當麻寺は、最古の国道・竹内街道添い霊山・二上山の麓に厳かに建っています。その本堂に安置され信仰を集めている本尊・當麻曼荼羅には西方極楽浄土の様子が顕されています。曼荼羅は『絵画』で『佛像』ではないのに、“本尊なの?”と不思議に思うかもしれない。それに「當麻寺は真言宗と浄土宗の両方のお寺だ」と聞いたら、もっと驚くよね。おじいちゃんは飛鳥の地を歩きながら、その問いへの答えをこう考えてみました。
    佛の道を説いたのは、お釈迦様です。彼は人生の真実や宇宙自然界の真理を明らかにしたため、後世の人類に多大な影響を与えることとなります。ところが、その生涯を通じてお釈迦様は、一冊の本も書きませんでした。ですから今に伝わる佛の教えは、全て弟子達が「私はこう聞いた」という伝聞を元にしたものであり、お釈迦様自身の言葉ではないのです。大乗佛教・小乗佛教・密教・禅宗等々、お釈迦様の没後、数えきれない宗派に分かれていったのもその為です。聖徳太子も空海も道元も法然も親鸞も、日本のみならず世界中の求道者がお釈迦様の“悟り得た境地”に達しようと死に物狂いでやってきました。お釈迦様の生きた時代には存在しなかったお経や寺院、佛像などが生まれたのも、そうした求道の過程の一コマなのです。曼荼羅もお釈迦様が語ったであろう浄土を模したものです。マンダラがサンスクリット語で“本質・真髄”を意味することからも解るように、一枚の絵画に“真なるもの”を顕現させたかったのです。だから絵画であっても本尊なのです。
    今、淨心寺に曼荼羅を皆の力で納めるというのは、私達に出来ることで佛の道を究めること、“真なるもの”を創り上げていこうとすることじゃないかと思うのです。
    「お釈迦様はなぜ、自分の足跡や悟りの境地を書いたり、形あるものに遺さなかったのか?」おじいちゃんは、そのことが若い頃から疑問でした。それさえあれば、沢山の宗派に分かれたり争ったりという混乱は無かったのにと。でも、今回の研修旅行で當麻寺の阿弥陀如来はこう語っているように聞こえました。
    「もし私が確かな物を遺したら、あなたはそれに頼り切って佛の真なる道とは何かと、これ程考えることは無かったのでは?人には限りない知性も真実に目覚める感性もある。タダ盲目に信じるだけでは人は“人”にはなれません。あなたの五感で、偽りのない心で感じ続けること、調べ続けること、究め続けること、その中で初めて真なる道が観えてくる、あなたの幸せや家族の繁栄が現実のものとなるのです」と。
    愛する孫たちよ、今度一緒に當麻寺を訪れよう。そして淨心寺に曼荼羅を迎えよう。真理を探る幸福の大道を闊歩し続けるために。


                                            坂井廣昭

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